大学のテストは何のために行うのでしょう?GPAって必要なんでしょうか?
多くの大学は,今(2018年7月末),試験期間に入っていると思われます.自分もそうです.そこで,今回は大学のテストとはどういう存在なのかについて考えてみましょう.
では,大学のテストは何のために受けるの?
単位を獲得するため
1つには,単位を獲得するためという理由が挙げられます.各学部各学科の要求する単位を一定数取得しなければ卒業はおろか進級すらできなかったりしますよね.
さて,ここでお気づきかと思いますが,このように理由を考えていくと,どんどん泥沼にハマっていくことがわかると思います.はい,大学のテストを受ける理由の一つ目は単位を獲得して進級,卒業に繋げるためでした.では,何のために大学を進級,卒業するのでしょう?
そうなると,どんどんテーマが大きくなっていってしまいますね.しかしここが多くの人にとって肝心なところなのだろうと思います.中学校や高校と違って,一般的に大学は最後の教育機関と捉えられています.もちろんその上に大学院修士課程や博士課程はありますけど,認知度は高くはないですね.
中学校や高校では,テストのモチベーションがその先にある教育機関への受験へとつながっていました.中学校であれば良い高校に受かるために勉強する,高校であれば良い大学に受かるために勉強するといった感じですね.(本当はここでももっと掘り下げられてしまうのですが・・・.果たして良い高校,良い大学とはなんなのでしょうね?しかしここでは割愛させてください)
しかしながら,一般的に大学はその先につながるところがありません.(理系は大学院へいって,どうぞ)多くの人はそのまま就職活動をし,社会人として社会に出ていくことになると思います.
そうなれば,モチベーションも当然生まれにくくなります.中学校や高校では,それぞれの定期テストごとの内容はそのまま受験へと直結していました.だから定期試験を頑張ることは,同時によい高校,大学へ行くための手段の1つでもあったのです.
良い成績を取るため
当然,テストですから単位を取る取らないはあくまで最低限の話で,成績の優劣が付けられます.こちらもお気付きのように,同じような問題へと帰着しますね.では,良い成績とは何のために必要なのでしょう?
この目的は,大きく3つに分けられるのではないでしょうか.
- 就職活動で必要
- 大学院へ行くために必要(研究室)
- 自己満足
1の就活で必要である,という考えですが,これに関して自分はあまり詳しくありません.自分は理系で,おそらく(ほぼ)大学院へ行こうと考えているので,調べたことがないです.しかしながら,GPA 就職 などでググってみると,GPAはほとんど関係がなく,一部の外資系企業や大手企業が使うだけだよ,という意見が大半のように思いました.*1
しかしながら,これには納得できる理由づけもできると思います.企業側から見てみれば,多くの大学から応募がくるわけですから,大学ごとにGPAの付け方,その獲得難易度も違ってくるはずです.また,GPAが高いことがどういう能力を保証しているのかについても考える必要があるでしょう.そこで,なるべく良い人材を獲得したい採用者としては,GPAを採用基準として大きな位置に占めてしまうのはリスクがありますよね.GPAが1.0ほど違う2名の候補者がいたとして,GPAが低い方の人物の方がより担当者に好印象を与えたとなれば,GPAの1程度の差などその担当者の頭から消え去ってしまうでしょう.*2
はい,ここでの結論は,良い成績は必要な場合もあるが,限られる.です.
2の大学院へ行くために必要.(良い研究室に入るために)
これは,少なくともそういう状況は ある とおもいます.これは,学部と同じ大学の院へ行くのか,外部の大学の院へ行くのかで結構状況が異なってくると思われます.とりわけ海外への大学院を目指すとなれば,相手側としては学生の情報が少ないですから,GPAもある種の判断基準として使われる可能性はあるのでしょう.
しかしながら,これも”場合による”ところがやはり大きいと思います.というのも,そもそも大学院を目指すのならば,主体的に学習を進めることは必須であるからです.その先の学習や,研究で必要であるのならば,当然その基礎となる学問は学ばなければいけませんよね.ですから,ある意味スタートラインが違うと捉えることもできると思います.
また,自分が周りの教授や,
こちらの説明会でいろいろなお話を聞く中でわかったこととして,あくまでGPAは足切り的な役割であるということです.
もちろん必要なことは言うまでもありませんが,多くの場合GPAが重視されるのはその分野で必要な基礎学問,(理系であれば数学や物理,化学などですね.)であるようです.*3
大切なのは,自分の行きたい分野,研究室の要件をしっかりと調べて,それを満たすように行動することでしょうね.それが一番確実です.
3の自己満足
これは逆に一番素晴らしいことですよね.自己満足というなら止める理由はないですし,満足するまで存分にやった方がいいと思います.理由なんかイラネエ,ですよね.
私の意見
結局ですが,人生を時間というリソースで捉え,時間の分配の仕方を考えることが重要なのだと思います.あなたにとって何が重要で,何をやっている時間が楽しいのか.もしくは今後,何かをやるために何らかの準備,勉強をするのか.それらを包括的に考えた上で,大学の4年間という*4時間を,どのように分配するのか,つまるところ時間の問題なのでしょう.
バイトに費やすのか,サークル活動に費やすのか,英語の勉強に費やすのか,大学のGPA獲得に専念するのか,趣味に没頭するのか,本を読みまくるのか,世界を旅するのか,書ききれませんが,それそのものが人生なので当然ですね.
そしてそれぞれの活動について再びじっくりと考えを巡らしてみるのも有意義なことと思います.
例えば,この記事のように,大学のテストとは,GPAとはそもそもどんなものであり,それを獲得すれば何につながるのか?と考えてみたり.
あるバイトをしたとして,その時点で獲得できる資金は〇〇で,その分これだけの時間を使うことになるだろう.またそれを行うことで自分にどのような経験ができるだろう?だとか.
こんな勉強をしたい,この分野に興味があって学んでみたい.ならばその分野はどういう広がりを持っているのか,どんな人が最前線にたっているのか,だったり.
ここで難しいのは,お金の損得勘定は非常に容易ですが,経験や学習の勘定はほとんど不可能であることですよね.この点はよく見落とされがちなように思います.
例えば,バイトを掛け持ちしてどれくらい稼げるか,という計算は簡単ですよね.しかしながら,ある分野の勉強をしたり,なんらかの資格を取ったりするための活動がもたらす将来的な収入の計算だったり,世界の広がり方を視野に入れることは,なかなか難しいことだと思います.
自分は,”すぐに役に立つものは,すぐに役に立たなくなるものだ”という考え方が好きです.何が将来的に役に立つか,そんなもの簡単に予測できはしませんよね.今をときめくAI(Deep Learningを代表とする諸分野)も,その原点は1950年代に生まれたものです.*5さらに,そこに使われている数学の知識を遡れば,すぐに紀元前まで飛んでしまいますよね.
結局,それは時代の流れというやつだと思っています.ならば自分は出来るだけ自分自身がおもしろい,興味を持てると思える流れに乗りたいと思っています.特に今は流れが早いですからね,大変です.
しかしながら,最後ですがこの中ではいくつも見落とした(見逃した)問題も潜んでいますよね.何のために大学へいくのか?良い高校,良い大学って何なのか?もっと分解して,ここでいう”良い”とはどういう意味なのか?高校,大学ってそもそも何なのか?
考えてみると,よいと思います.*6